ウェブ未来地図

ウェブ世界がどこへ行ってどこへ向かうのか、身の程知らずにも無駄に考えたりすることがあります…
ネットが一般に普及して、インフラなどが整って、おそらくまだ10年くらいだと思います。
インターネットという技術はまだまだ生まれたてで、いわば赤ちゃんみたいな、発展途上もいいとこの段階にあるはずです。
なのに自分の周りを眺めると、ネット上には自分が何かを調べるには、もうかなり不自由しないほどの豊かな情報があり、娯楽があり…
これらの読みきれない情報をふるい分けるためのウェブリテラシーの重要性が叫ばれる昨今です。
こんな生まれたてのメディアにおいて!
当たり前のようにこれからワールドワイドにネットを使う人たちが増えていくことに間違いはないわけで、今でさえとても読みきれない情報があふれる中、増加し続けるネット使用者が発し続ける情報は、今も爆発的に加えられ、注釈され、創造され続けているはずです。
でもウェブ世界は広大に開拓され続けても、その世界を歩く人たちの体が一つしかないことは変わりはない。
googleなどの検索エンジン、いわゆるweb2.0的技術のおかげで、私たちは船や飛行機に乗るように、目的の情報へとたどり着くためのインフラ、目的地への移動手段、玉石混合の情報の取捨選択の場をうまく用いて、私たちはこのウェブ世界を歩いている。
確かに着々と進化し続ける技術のおかげで、目的地に素早く、迷うことなく、楽に移動することがどんどんと可能になっています。
しかしこれら技術の進歩が、情報の爆発的増加を上回ることは絶対にありえないと思います。
毎日毎日情報が加わり、ブログが更新され、日記が書かれるウェブ世界の拡大は、一体どこがどうなっているのか、自分じゃ検討もつかない状況です…
「ではこの広大なウェブ砂漠で、自分が発信した情報が、他の誰かに届くようなことが一体あるのだろうか?」
そう思わずにはいられないんです。
googleなどのインフラによって、私たちは自分が最も知りたかったこと、欲しかった情報にめぐりあう方法を得ました。
それは例えれば、移動手段。
大航海時代においての船であり、現代における飛行機に相当するものだと思います。
大変ありがたいことです。
もう自分google大好きです!(ロゴコレクションするほどですから!)
「でも彼らが連れてってくれるところは、いつも有名な観光地ばかりじゃないの?」
でもそうふと思ってしまったりすることがあります。
格差社会が叫ばれて久しい昨今、ウェブ世界でも格差が広がっているんじゃないかと思っています。
あるものは大変面白く、詳しく、人々から必要とされ、数々のサイトからリンクが貼られ、検索エンジンで上位に表示され、さらに多くの人々が押し寄せる、いわば観光地となっていく。
もう一方は本当に意味で私たちの生活に根ざした情報、自分の日常をつづる日記の住宅地だったり、常連さんのための飲食店だったり、商店街だったり、リゾート地とはいえない、暮らしの地域。
それこそがこのウェブ世界の大半の空間なんだと思います。
この二つの地域をめぐる、影響力の格差はますます拡大し続けるだろうと予想されます。
そんなことを考えながら、梅田望夫氏の「ウェブ時代をゆく」をキモイほど何度も読み返したりしたんですが、読めば読むほど、ああこの方は本当に選ばれた人間なんだなあとつくづく思ってしまいます。
語りかければ必ずどこかで、何千、何万人規模で声が返ってくる、とんでもない影響力を創造された方。
これはネット以外でもいえることなんですが、人に影響力を持つというのは本当に選ばれた能力なんだと切に思います。
その影響力を創造するという過程が、どんなに壮絶で険しい道のりであるか!
リゾート建設には莫大な資金源、つまり本人の才能の源泉が必要で、リゾートオーナーたちは本当に血を見るような努力をしてそれらを建設し、メンテし、他社と競合し、自身を磨き、毎日毎日増え続ける情報と、戦っている。
絶対に選ばれた人にしかできない。生きられない。生き残れない。
そこで戦い続ける彼らこそ、このウェブ世界の王です。
本当に必要なものと不必要なものとの淘汰が今始まってゆく。
「私は生きていていいの?私はウェブ資源の無駄ではないの?」
私はそうつぶやきました。
するとどうでしょう、空からふしぎな声が聞こえてくるのです。
「生きていてもいいのです。この世界にはその自由がある。でもただあなたはひっそりと暮らしなさい。日の目の見ない暗い場所で。山奥で。砂漠で。そんなところに人が来るとは決して思ってはいけませんよ」
ウェブ世界神はそうおっしゃいましたとさ。
それからというもの私はここで静かに暮らしています。
幸せです。
なぜなら、こんな私の声に耳を傾けてくれた人に会えたから。
この文章を読んでくれたあなた様と会えた奇跡を、私は一生忘れません。
ネットが一般に普及して、インフラなどが整って、おそらくまだ10年くらいだと思います。
インターネットという技術はまだまだ生まれたてで、いわば赤ちゃんみたいな、発展途上もいいとこの段階にあるはずです。
なのに自分の周りを眺めると、ネット上には自分が何かを調べるには、もうかなり不自由しないほどの豊かな情報があり、娯楽があり…
これらの読みきれない情報をふるい分けるためのウェブリテラシーの重要性が叫ばれる昨今です。
こんな生まれたてのメディアにおいて!
当たり前のようにこれからワールドワイドにネットを使う人たちが増えていくことに間違いはないわけで、今でさえとても読みきれない情報があふれる中、増加し続けるネット使用者が発し続ける情報は、今も爆発的に加えられ、注釈され、創造され続けているはずです。
でもウェブ世界は広大に開拓され続けても、その世界を歩く人たちの体が一つしかないことは変わりはない。
googleなどの検索エンジン、いわゆるweb2.0的技術のおかげで、私たちは船や飛行機に乗るように、目的の情報へとたどり着くためのインフラ、目的地への移動手段、玉石混合の情報の取捨選択の場をうまく用いて、私たちはこのウェブ世界を歩いている。
確かに着々と進化し続ける技術のおかげで、目的地に素早く、迷うことなく、楽に移動することがどんどんと可能になっています。
しかしこれら技術の進歩が、情報の爆発的増加を上回ることは絶対にありえないと思います。
毎日毎日情報が加わり、ブログが更新され、日記が書かれるウェブ世界の拡大は、一体どこがどうなっているのか、自分じゃ検討もつかない状況です…
「ではこの広大なウェブ砂漠で、自分が発信した情報が、他の誰かに届くようなことが一体あるのだろうか?」
そう思わずにはいられないんです。
googleなどのインフラによって、私たちは自分が最も知りたかったこと、欲しかった情報にめぐりあう方法を得ました。
それは例えれば、移動手段。
大航海時代においての船であり、現代における飛行機に相当するものだと思います。
大変ありがたいことです。
もう自分google大好きです!(ロゴコレクションするほどですから!)
「でも彼らが連れてってくれるところは、いつも有名な観光地ばかりじゃないの?」
でもそうふと思ってしまったりすることがあります。
格差社会が叫ばれて久しい昨今、ウェブ世界でも格差が広がっているんじゃないかと思っています。
あるものは大変面白く、詳しく、人々から必要とされ、数々のサイトからリンクが貼られ、検索エンジンで上位に表示され、さらに多くの人々が押し寄せる、いわば観光地となっていく。
もう一方は本当に意味で私たちの生活に根ざした情報、自分の日常をつづる日記の住宅地だったり、常連さんのための飲食店だったり、商店街だったり、リゾート地とはいえない、暮らしの地域。
それこそがこのウェブ世界の大半の空間なんだと思います。
この二つの地域をめぐる、影響力の格差はますます拡大し続けるだろうと予想されます。
そんなことを考えながら、梅田望夫氏の「ウェブ時代をゆく」をキモイほど何度も読み返したりしたんですが、読めば読むほど、ああこの方は本当に選ばれた人間なんだなあとつくづく思ってしまいます。
語りかければ必ずどこかで、何千、何万人規模で声が返ってくる、とんでもない影響力を創造された方。
これはネット以外でもいえることなんですが、人に影響力を持つというのは本当に選ばれた能力なんだと切に思います。
その影響力を創造するという過程が、どんなに壮絶で険しい道のりであるか!
リゾート建設には莫大な資金源、つまり本人の才能の源泉が必要で、リゾートオーナーたちは本当に血を見るような努力をしてそれらを建設し、メンテし、他社と競合し、自身を磨き、毎日毎日増え続ける情報と、戦っている。
絶対に選ばれた人にしかできない。生きられない。生き残れない。
そこで戦い続ける彼らこそ、このウェブ世界の王です。
本当に必要なものと不必要なものとの淘汰が今始まってゆく。
「私は生きていていいの?私はウェブ資源の無駄ではないの?」
私はそうつぶやきました。
するとどうでしょう、空からふしぎな声が聞こえてくるのです。
「生きていてもいいのです。この世界にはその自由がある。でもただあなたはひっそりと暮らしなさい。日の目の見ない暗い場所で。山奥で。砂漠で。そんなところに人が来るとは決して思ってはいけませんよ」
ウェブ世界神はそうおっしゃいましたとさ。
それからというもの私はここで静かに暮らしています。
幸せです。
なぜなら、こんな私の声に耳を傾けてくれた人に会えたから。
この文章を読んでくれたあなた様と会えた奇跡を、私は一生忘れません。







