盲目王子と悪魔 その6
少年は突然の出来事にわけがわかりませんでした。
どうして王子様が、自分に、刃物を、振りかざされたのでしょうか?
王子様は自分とおたわむれになっていらっしゃるだけなのでしょうか?
王子様は刃物に少年が刺さっていないのがわかると、少年の名を呼びながら、少年をあちらこちら探しておられました。
少年はだんだん悲しい真実が見えてしまうような気がしました。
少年は、自分は王子様にとって必要な存在なのだと思っていました。
なくてはならない唯一の存在なのだと信じていました。
ではどうして王子様は自分を殺そうとなさったのでしょう?
「王子様!なぜですか!?王子様にとって私は必要ではなかったのですか!?」
少年は悲鳴にも似た声で王子様に問いかけました。
王子様は少年の声が聞こえると、
「だまれ!うぬぼれるな!お前のような下賤の身分が何ををほざくか!」
とおっしゃって、階段をどんどんとのぼり、声が聞こえたほうへ向かっていかれるのです。
「お前の代わりはいくらでもいるんだ!生きようが死のうが関係ない!」
「お前は自分がなにか価値がある者だとでも思っていたのか!」
少年はその言葉をを聞き終わると、自分の中でががらがらと音を立てて崩れ落ちてゆくなにかを感じました。
それは悲しみという言葉では決して言い表すことができない、深い深い絶望でした。
崩れ落ちたものは少年を支える全てだったのです。
少年は生まれてはじめて、王子様を憎く思いました。
少年は王子様の腕をつかんで刃物を取り上げようとしました。
王子様はその刃物で少年を刺し殺そうとしました。
二人はもみ合い、バランスを失って、もたれるように共に階段から転げ落ちました。
王子様は自分の身にふりかかったことが一体なんなのかわかりませんでした。
手で自分の胸をおさぐりになってはじめて、その激痛の正体が一体なんなのかわかりました。
王子様の胸にはあの刃物が、深く突き刺さっていたのでした。
王子様は少年の名を呼びました。
少年はとなりの王子様のそのご様子に気がつきました。
「痛い、痛い、助けてくれ…悪魔」
王子様は嘆かれました。
「悪魔、悪魔、いるんだろ?頼む、助けて」
「どうして、どうして自分ばかりこう苦しまなければならない?どうして?」
少年は王子様の手をにぎりました。
「ああ、俺は死ぬのか?」
少年は答えることができません。
「いやだ、いやだ、まだ死にたくない。やり残したこと、山ほどある。こんなところで終わるのなんて…。いやだ、こんなみじめな人生…」
王子様はそう言って、つぶれた瞳から一筋の涙を流すと、そのまま息を引き取られました。
少年は王子様を呼びました。
王子様は動きません。
もういつものように少年をお叱りになることも、少年をお笑いになることもありません。
少年は泣きました。
泣き叫びました。
少年は王子様を何度も何度も呼びました。
それでも王子様は返事をしてはくれませんでした。
すると空から、低く響き渡る声が一面に降りかかりました。
「ははは!殺そうとして、逆に殺されてしまうとは、なんて愚かな王子だ!」
少年はあわてて上を仰ぎ、その声の主を見ました。
それは身の毛もよだつような化け物の姿でした。
少年はそのあまりの異様さに悲鳴をあげました。
それは少年の涙に誘われたのか、王子様の血の匂いに誘われたのか、あの夜の悪魔でした。
悪魔は少年に王子様とあの夜に交わした契約について語りました。
少年はそれを聞いて、はじめて王子様の真意を悟りました。
そしてあとからあとから涙があふれて止まらないのです。
少年は叫びました。
「ああ王子様!なぜですか!?
どうして私に真実を伝えてはくださらなかったのですか!?
もし王子様が私に真実を伝えてくださったならば、私は喜んでこの目を王子様にささげたでしょうに!
私は王子様の目となり、永遠に王子様と共に生き続けたでしょうに…!」
悪魔はじっと少年を見つめていました。
少年は訴えました。
「ああ、悪魔よ!あなたにに悪魔たるゆえんの力があるものならば、どうか私の命を、王子様に与えてはくだされないか!?」
それは悲鳴のように聞こえました。
「バカ言うな。そういうものは神か仏に頼むんだな」
悪魔はそう冷たく切り捨てました。
「私は、私はこれからどうすればいい!?どうすればいいんだ!」
残された少年は叫びました。
「なあに簡単なことだ。お前が王子になればいいんだ」
悪魔は言いました。
「王子の皮をはぎ、お前の皮にはりかえてやろう。その皮をかぶれば、お前はどこから見ても、王子様その人だよ。死体のほうは俺が始末しておいてやろう。前々からうまそうなガキだと思ってたんだ」
● ● ●
それから数年たって、都にはすばらしいことが起こりました。
なんと行方不明であったはずの王子様が帰って来られたのです。
王子様は剣をたずさえ、かつて父王を殺し、力ずくで王位を得、今まで悪政をしいてきた、あの家来たちに復讐を遂げました。
国民たちは王子様を英雄と呼び、歓迎してやみませんでした。
王子様はやがてその国の王様となり、弱者を助け、平和を愛す、すばらしい名君となられました。
その国は緑に包まれ、花は舞い、目の前には永久の平和がただ広がっていました。
王子様は幸せにその一生をおくられました。
しかし、あの村ですごされた日々のように、王子様が美しく楽しげにピアノをお奏でになることは、生涯なかったのです。

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